2018年02月22日

誕生日に

きょうで54才。
例年より、今年はあたたかい。

乞われて朝からがちゃさんに中国語を教え、午後から仕事を助けていただく。
娘たちは着物で出かけ、市川屋珈琲のフルーツサンドなど
美しい写真でインスタに上げる。
4人合流して東洋亭でハンバーグ、プリンつき。
上の娘たまちゃんが春から徐々に彼氏と二人、独立予定のため、
こんな機会も減るのかもしれないし、
どうなるのか先のことが分からず、数日前はべそをかいていた。

あたたかく嬉しい、幸せな誕生日になった。
posted by じゅんこ at 00:29| Comment(0) | 日々の暮らし

2018年02月13日

今年の夢

春を待ち兼ねる。

もうすぐ、旧暦の新年。
昨日は、「今年の願い」の一枚を描いた。
毎年さまざま悩みながら、形式を考えつつ夢中で取り組んでいるものの
今年は多めに講座の時間をとってもらい、
人数も少なく、最初に切り抜きを貼ることだけに集中したことで
みな、やりやすかったのではないかと思う。

今年は前日に比較的時間がとれた。
準備万端のとうさん。写真を1枚にまとめ、プリントアウトして何枚も持参。
私はうろうろ・おろおろして、手元の筆や服のチラシをすこし持っていっただけ。

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ひろこさんも仰っていたように
自分の写真を貼ることに毎年抵抗があった。
今年は台湾で、しかも写真勉強中の
レンちゃんがとってくれた、蓮の花を前にした写真。
他にも家族写真を、とうさんが選んで出力してくれたので
すっと貼ることができた。他力本願も、ありがたい。

そして筆、必要な服、チケット類など
切実なものを貼りこんでみたのも、まとまりやすかったかと思う。

image3.jpeg

願いは、今年大きく変化していた。
ここ数年書き続けていた、中国語、日常着物、水墨、絵にかんすること等等は
出てこない。
去年の不調と共に、どこかへ流れさっていった、このかんの思いは
形を変えて、「楽をする」「楽でいられる」
「助けてくれる力強い助っ人」「心あたたまる仲間」などが流れ込んできた。

今の状況を整理しただけなのだが、
無くなったことが、自分でもとても面白いと思って、でてきたものをただ見ていた。

描く順番も変わった。
いつも色を塗ってから、字を書き込んでいたが、
書き込んでから色を塗っていた。

紙を大きくしたのに、同じ筆を使ったので、含みも少なく塗るのに労力が要った。
いつも、違うんだな、とも思うし
やってみないとわからないな、とも思った。

まだ、貼ったり書き加えることはぽろぽろと、出てきている。

感覚のまま、ただ、やってみること。
それも大事な、一年なのかもしれなかった。








posted by じゅんこ at 11:03| Comment(0) | 日々の暮らし

2017年12月22日

皿に絵を描く

むかし、ボディワークのクラスに通っていた。

あまりそうしたクラスは好きではないのだが、
主宰のあんのさんにはお世話になり、
素敵な方だったので、共に学ぶ感覚で
少ない人数で、やっているクラスに通っていた。

勘のよく働く方で、音楽的な、お声も歌うようで。
手あての前には、頭上で合掌して神様を下ろすようだった。
マンションの一室の、ひろびろとした空間は
明るくて、グランドピアノも置かれていたかもしれない。

野口体操的な、彼女オリジナルの組み立てで
さまざまなワークを共にしたが、
あるとき「見えたわ、じゅんこさんの将来、
お皿に絵を描く人」といったようなことを仰った。

それが、なぜか嬉しくなくて、
時間も合わなくなって、通えなくなったような気がする。
今でもあんのさんのことは好きで、尊敬もしているし
お元気でいらっしゃるのだと思っている。

あれから何年経ったのか。

きょう、柳宗悦のあつめた民芸品の展示をみた。
いただいた券で、高島屋のギャラリー。

終えて品々を紹介したフィルムを見ていると、
大きな「煮しめ皿」を作っている工房があった。
日常遣いのその皿は、割れないようにふちは分厚く、
大きな丼のような形が、ろくろが回ると
すーっと皿になり、竹べらをあてて
確実な形の、同じ皿になっていく。

早さも、同じであることも技術、
そうした日常の美を柳は愛した、と語られる。

皿に書かれている線の早さも、やはり数をこなした忌憚の無さ。

夜にふと、あんのさんの言葉を思い出す。
ああした、慣れた線ならば、
妥協無く楽しむ心もあって、描かれた筆ならば、
皿に絵を描くのも、素晴らしいことだな。

はるか昔の、ひっかかりが
高島屋の民芸展で、ほどけていった。

その筆は、誰かが日々触れ、おかずを盛り、
それを食べる人がいて、洗って拭く人もいる。
使い手と描く人がいつもつながっている、皿なのだった。

私は皿に絵は描かないだろう、と思った。
決められたようで、嫌だったのかもしれない。
けれどそのとげは、きょうの夕方、抜けていった。


posted by じゅんこ at 00:34| Comment(0) | 日々の暮らし

2017年10月23日

台風一過

季節が過ぎて、去年何を着ていたのだかすっかり忘れている。
あ、こんなニットがあった・・。
アニエスのアルパカ、しかもジャンパースカートやん。
中古でいい状態で買ったのも、すっかり忘れていた。
肌寒くなった夜、去年の私に感謝する。

風の強い台風だった。
夜中の2時3時に、家が揺れるほどの風、
こわくて目がすぐ覚めてしまうような。

長雨が止んで、郵便局へ。
疎水を通ってみると、一本、木が折れて
フェンスごと川へ落ちてしまっていた。

早く植え直してあげたいが、大き過ぎて無理。
すっかり工事用コーンで囲まれて、
大変だったね・・撤去されるんだろうか。
どうか植え直してくれるように。

久し振りの太陽のもと、
レンちゃんと落葉を掃き集めると
なんだか気持ちが、すっきりしていった。

アベ氏たちが600億円かけた選挙が終わった。
新しい流れが生まれて、
「多く集まってくださればくださるほど、
政治と国民のみなさんがいかに乖離していたか、それを痛感する」と
あくまでも謙虚で、実行力のある枝のさん。
たった一人で新党を立ち上げて、20日ほど毎日その流れを追いかけた。

選挙フェスやシールズの彼らの流れが奔流となり、
今回は50人ほどが、考えのくっきりはっきりした党から
実際に議席に座ることができた。
「これからもチェックしてください」「叱咤激励してください」と
これで終わりではないことも、
責任の重さも、きちんと痛感しておられる。

「第一党への第一歩」。
もしかしたら、アメリカの同じ考えの人たちともつながって
日米地位協定にも変化が生まれるかもしれない。

与党は2/3を得てしまった。もう後がない。
ひとりひとりがつながって、遠慮なく生きていくことしかない。
お任せしないで、見守っていきたい。



posted by じゅんこ at 19:02| Comment(0) | 日々の暮らし

2017年10月18日

新しい風

雨が上がったので、期日前投票に行く。

数ヶ月かけて取り組んでいる大きな仕事の、
区切りまでやり終えて
ちょっと時間は遅くなっちゃったけど、自転車で出かける。

鴨川の上流、高野川沿いをとうさんと走る。
黒い比叡山が、どんどん近くなってくる。
冬が近くなると、川面の水鳥も多くなる。
体調を崩して自転車を小さいタイプに買い替えて、
このくらいの距離を走るのは何ヶ月ぶりだろう。

「市民の声で」出来たという、初めての党の名前をしっかり書く。
個人名は、初めて知った人だが、
今の政権をくつがえす一助になりそうな若い人に入れておく。
時代が変わってゆく風が吹いている。

高級食材のフレンドフーズにも寄って、
欲しかったいくつかも入手して
叡電の踏切を渡ったら、左正面は大文字。

贅沢な期日前投票。
高槻に居た頃には、考えられない気持ちよさが伴う。

ひと仕事終え、一票の重みも下ろして
自転車でも走って、
心軽く、帰宅できたことがありがたかった。







posted by じゅんこ at 22:41| Comment(0) | 日々の暮らし

2017年06月05日

新しい自転車

3ヶ月ほどで細胞が入れ替わると言うけれど、
調子が悪くなって半年、漢方薬を飲み始めて3ヶ月、
きのうのとうさんの講座で、不調が抜けた。

呼吸器の働きが高まる時期、
それに合わせて、「前後のふりこ」の動きだけを
じっくりと30分、40分と。

「一度、長めにふりこをしてみてよ」と少し前に頼んでいたが
こんなに長くとは頼んでいない。
お互いにてあてなどして休んだ後、活元運動に入る。

この体調で、活元運動。
肩の付け根の痛みがあるし、ふらつきもあるので怖いが
何も考えず、ごろんと転がったまま、じわじわじわ、ぐぅ〜んのびのびと動く。
2人で組む。
前のように、みんなの後ろに次々とつくことは、今日はできない。
幸い、通学歴の長いよしこさんと2人に。

相手がいると、自分がなくなる。
ふわっと体が軽くなる。

一度、肩の付け根がピキッと来たが
前のようにできないことが、却って何も考えない動きになる。
何も考えられず、それしかできない、動きになる。

これは他のことでもそうで、中国語も行けない、
水墨も行けない、家事も仕事も今迄のようにできない、
できることしかできないから、ぽかんとした白い時間が現れる。

今迄とまったく違った世界に、ぽとんと落ちたような感覚。
無理のできないことが、不思議な時間を作り続けてゆく。

向こうから、松風ご夫妻の笑い声が聞こえてきて
私も嬉しくなる。
後で聞くと、初めて夫婦で組み、初めて笑いながらの活元運動になった由。

私たちは、
はるみさんや新入生の女性などとも合体し、四味一体となり終わる。
よしこさんは、「こんなにころころ転がったのは初めて」と嬉しそう、
何度も、よしこさんの指を真剣に引っ張ったと思う。

(こんなにしんどかった)自分でも、
まだ少しでも役に立つことがあるならば嬉しい。

よしこさんとごあいさつを終えて昼休みに入るが、
すっきりした全身に、ただ、
肩の付け根の痛みだけが、一点に集まって苦しい。
今、ここが、
せっぱつまって
「よしこさん、追えますかここ」とありえないお願いをしているのに
すっとその点からの流れを追いかけてくださる。

痛みの主は、全身を川のように流れて、どこか足の指から抜けていった。
抜けた・・。
「ありがとう・・!」

この数ヶ月苦しかった、胸の痛みが消えていた。
治った。
これで治った。

もう、ありがたさしかない。

昼休み。
ふらつきながらお寿司なと買いにゆき、
食べ終われば落ち着いている。
あやちゃん達4人と歓談、
「ふりこ」の時間が長くて、だんだんものすごく小さくなっていったのが
その4人が、お互いに見て「自分も小さくしよ」と
シンクロしていたのがわかり、大笑いする。

ふりこと活元運動以外はずっと、横になってのびしたり眠ったり、
「よく休むモード」だった一日。
夜中に強く咳き込んだが、
今朝起きたら、肩の付け根や胸の痛みがなかった。

買い変えたかった、自転車をみにゆく。
いまの自転車が、大きくて、扱えなくなっていた。
京都は人も多いし、もうすこし小さいのでないと怖い。

きのうで、ふらつかなくなったので、きょうは自転車に乗れた。
動悸もあまりせず、
途中で休んで、なんとかとうさんについて走れた。
やはりヤマジンには愛着があり、
これほど乗れたのなら、乗り続けたいとも思う。

決めてあった、ビアンキのミニベロ7_レディース。
なかなか無かったのが、一台だけのこっていたのを
とうさんが見つけてきてくれた。

試乗。
この体調で、そのまま、なんの怖さもなく乗れる。
足も着くし、下りるのも楽だ。

26インチ変速なし、フットブレーキから
20インチ変速あり、女性用の町乗りミニベロ。
もう無理はできない。
ちょうど、自転車の調子が悪くて、とおっしゃっていた方に譲ろう。

明日、新しい自転車を買おう。
















posted by じゅんこ at 23:03| Comment(0) | 日々の暮らし

2017年04月21日

遠い山 近い森

ガラス越しに見る、大文字。

樹々には手がとどかないけれど、
自然はそこここに、満ちている。

このかん取り戻せないものもあった。
できなくて、手放さざるを得ないものも、あった。

山に上がろうと思えば、行けるのかもしれない。
でも今は、登山口にいる大勢の人々が越えられない。
世界各国からくる、観光客。

他の処からなら、上れるのかもしれない。

そうやって、上手く避けながら
行きたい所、人の少ない桜、空いている店を満喫してきた3ヶ月。

けれど庭には、メジロが飛んでくる。
つばめが2羽、電線で鳴いている。
事務所の玄関では、子猫がひなたぼっこしている。

今迄と同じようではないけれど、
でもあの山にも、
この樹々にも、
自然は同じように、満ちている。

posted by じゅんこ at 14:18| Comment(0) | 日々の暮らし

2017年04月10日

軽くなる

高雄病院へ。
もうそろそろ限界。行くのが遠すぎ。

けれど待合室に座っていると、ゆるんだのか
じわっと涙が出てくる。
テレビで、宮本亜門氏が銀座を訪ねる、というのをやっている。
80過ぎた女性の切り盛りする飯屋。
清潔な白の割烹着。変わらぬ味の卵焼き。
80過ぎた女性が、息子夫婦と長く続けている散髪屋。
こぎれいな店内に、てきぱきとした対応。
この番組のせいか、涙腺がゆるむ。

私は、治ろうとしていたんだなぁと気づく。

治ろう、として頑張らなくていい場所。
漢方の入浴剤が売られている、小さな売店。
「また、本を読んだり勉強したり、
出かけたりしたいんです」と言うと
「出来ると思いますよ。」と言ってくれる
閉傾向の若い医師。

合議の上、漢方薬は、半分に減らせることになった。
1週間分を、2週間少しで飲む。
一煎目を1日で飲んでいたが、二煎目も出して
それを合わせて、2日で飲むことになった。
フレキシブル。

なかなか来ないタクシーを、漢方薬局の椅子で待つ。
「日本人の知らない日本語」が2冊も読めてしまったが、
めどがたってきたような、
気持ちがだいぶ軽くなった、通院だった。

次回で終えられるかもしれない。

桜は満開。桜樹の絶対量が多い京都。
明後日頃から花吹雪か。


posted by じゅんこ at 22:57| Comment(0) | 日々の暮らし

2017年03月27日

私は治りたい

1/10だかに戻して、月末に良くなったと思っていた。
りじかいがあったので、
自転車で出かけたりした。
そのあとにまた高熱が出て、4、5日下がらない。
流行り風邪を2回、引いたようだった。

そのあとのふらつきがひどく、胸の痛みが治らない。
中国語に無理して出かけても、頭も顔も真っ白。

おかしいよと何人かに言われて、
右京の高雄病院へ。
日本一、漢方薬を出す量が多い病院。
病院は30年ぶり。
どうしても治りたいと思った。

数日飲めばよいかと思ったら、さまざまな検査もあって
1ヶ月半ほど、毎日煎じている。
とても合っていて、飲むと楽になる。

貧血を起こしていたらしい。
中医学から言えば気虚、気血の不足。
西洋医学から言えば、腫瘍やがんなどがあって血が出ていっている、と
一人の私でも、違う見方になる。

がんはないだろうと思いつつ調べて(めんどう)、やはりなかったが
「安心のために」子宮筋腫も調べてと言われていて、
婦人科にいくのが苦手で、まだ行っていない。

生理が終わってゆく時に、出血がなくなっていく人と
増えていく人があるらしく、
たいそう増えていた、というのがおそらく原因で
どちらにしても、漢方はやはりたいそう合っていた。

このかん何度か倒れて、まだ死なないけど、
死ぬってこんな感じなんだなとすこし分かった。
あのままぽんと向こうへ行ってしまう、その境い目。
けれど、まだ死なないことも分かっていた。

3月は養生月間と決めて、飲み始めて何日目か。
ふっと、目が覚めたような時があった。
今迄、何をしていたんだろう、と思った。

そこから一気に普段に戻る、というふうにはいかないが
私は治りたい。

どうやら、とうさん母のことや、レンの大学のこと
体の変わり目、仕事も多く重なって、電池が切れてしまったらしい。
休んでみて、代わりのきかない仕事だなぁと思いつつ
すこしずつ、助けを求めて、すすめている。

きのうは、雨のせいもあって
また胸の閉塞感と痛みがぶり返してきたので
なんと、とうさんと、しかもタクシーで、
上等めのカラオケにいって、
部屋をあたため、漢方薬を飲みつつ、数時間歌う。
今朝起きたら、
1月から続いていた、胸の違和感がなかった。

講座で気分が悪くなったこともあったし、
寝ては、起きて、仕事してまた寝て治して、という時もあった。
けれど、きのうのように
「今がタイミング!」という時もある。

漢方薬は、4月半ばまでもらった。
桜も咲くだろう。
もう少し。

posted by じゅんこ at 17:11| Comment(0) | 日々の暮らし

2017年01月30日

嬉しいほうへ

「ポーの一族」の何十年ぶりかの連載が始まって、
少女漫画雑誌を、何十年ぶりかで買う。
「陰陽師」の時も、雑誌は買わず
コミックスになるまで待っていたというのに。

「楽なほうへ動く」。
とうさんが「気功も同じ」と言う、操体法の原理。
けれど、何が楽か、わからないとも伺う。

このお正月あたりから、「何をしたら一番嬉しいか」で
さっと選んでみる、ことをしている。

仕事も大方終えて、大文字に西から陽が射して来る。
4時ころの東山は美しい。
何をしたら嬉しいかしら。
やっぱ家に戻って、「ポーの一族」の連載2回目を買いに走る!
とひらめくので、自転車でフツーの本屋に走る。

一番近い本屋が恵文社、少し前迄はガケ書房、
京大生協のルネもなかなか、と
雑誌中心の本屋はこのあたり少ない。

多少の立ち読みなどもして、
589円の贅沢。

赤いニットの帽子に、レトロな赤のブローチ。
青っぽいダウンに、スパッツとショートスカート。
左京区っぽい可愛い服装だな、と思った女性と一緒に
信号を渡ると、かなりご年配だった。

左京にはお洒落な老人が居る。
老夫婦が、手をつないで疎水を歩いている姿はたまらない。
奥様はスカートにナースシューズ。
ご主人は、しっぽのついた毛皮の帽子に長いひげ。
支え合いながら、ゆっくり散歩されている。
私も、年をとっても、とうさんと疎水を歩いていたい。
と思うけれど、とうさんの足は速い。

自転車を押して、叡電の踏切を渡る。
とうさん母と、兄が住んでいるマンション。
自転車を飛ばして、だんだん近づいてくるけれど
灯りはともっていない。

とうさんの入学式なのか、昔の写真の
お母さんは立派な顔をされていた。
心やさしい、ええ男の子たち3人を育てている母。
私はいっこうに立派な母ではなく、
支えてくれる子どもたちに感謝しているただの小動物だから
やっぱ女の子の母とはキハクが違うわ〜とも
思ったりして心打たれた。

いつも勘がよく理解してくれた明るいお母さん。
ここへきて妄想や暴力や、急なことに驚いた。
どこかで何かの限界がきていたことに、
私は全く気がつかないでいた。
事後に数週間尽力したとうさんも、やはり把握できず出遅れた。

今は医師と専門家に任せるしかすべがない。
けれど長兄はしっかり自立してこられたし、
今もどこかへ出かけていたのだと思う。
お母さんがいる間は、何かの枠のなかに入っていなければならなかった。
「お前にはできないよ」という枠。

今迄のお母さんが急にいなくなって、さみしいことに変わりはない。
年が明けても、状況は変わらない。
それはないよ、と言ってみたいところだが
言ったところで、何も変わらない。
その都度、一番いいと思われることを選んでいくしかないし
これまでもそうしてきた。
それでも、やはりさみしい。

とうさんの講座で、お母さんについて短く質問したことがあった。
「自由があるのだから」との答え。
しんどくなって、
全てわかんなくなっちゃう自由。
判断を越えたところで。自分を見失う自由。
「あまり考えすぎないほうがいい」とも。

お互いに、心配することで縛り合うこともある。

仕事をしていると、楽になる。
お互いに支え合って、私たちはここにいる。
そのことが、事務所にいくだけで
あたたかなかたちで、はっきりと伝わってくる。

よしふみさんのお正月花は、1ヶ月たつけれどまだ咲いている。
梅のつぼみもふくらんで。

お手製の竹の花入れ、
水を替えて、すこし枝を切り詰める。
活け直すと、よりすっきりと見える。

きのうの下鴨神社で、
「タラヨウ、手紙の木です。森で拾いました」と
よしふみさんがくださった葉っぱに、
「春節快楽、祝我们一年的幸福」と書く。
私たち全ての、今年の幸福を祝う。
中国語だと、「なりますように」でなく
「おめでと〜」と断言してしまう。

あたたかで、嬉しいほうへさっと動ける
1年になるように。
共に歩いてゆける幸せ。

















posted by じゅんこ at 19:19| Comment(0) | 日々の暮らし