2017年01月30日

嬉しいほうへ

「ポーの一族」の何十年ぶりかの連載が始まって、
少女漫画雑誌を、何十年ぶりかで買う。
「陰陽師」の時も、雑誌は買わず
コミックスになるまで待っていたというのに。

「楽なほうへ動く」。
とうさんが「気功も同じ」と言う、操体法の原理。
けれど、何が楽か、わからないとも伺う。

このお正月あたりから、「何をしたら一番嬉しいか」で
さっと選んでみる、ことをしている。

仕事も大方終えて、大文字に西から陽が射して来る。
4時ころの東山は美しい。
何をしたら嬉しいかしら。
やっぱ家に戻って、「ポーの一族」の連載2回目を買いに走る!
とひらめくので、自転車でフツーの本屋に走る。

一番近い本屋が恵文社、少し前迄はガケ書房、
京大生協のルネもなかなか、と
雑誌中心の本屋はこのあたり少ない。

多少の立ち読みなどもして、
589円の贅沢。

赤いニットの帽子に、レトロな赤のブローチ。
青っぽいダウンに、スパッツとショートスカート。
左京区っぽい可愛い服装だな、と思った女性と一緒に
信号を渡ると、かなりご年配だった。

左京にはお洒落な老人が居る。
老夫婦が、手をつないで疎水を歩いている姿はたまらない。
奥様はスカートにナースシューズ。
ご主人は、しっぽのついた毛皮の帽子に長いひげ。
支え合いながら、ゆっくり散歩されている。
私も、年をとっても、とうさんと疎水を歩いていたい。
と思うけれど、とうさんの足は速い。

自転車を押して、叡電の踏切を渡る。
とうさん母と、兄が住んでいるマンション。
自転車を飛ばして、だんだん近づいてくるけれど
灯りはともっていない。

とうさんの入学式なのか、昔の写真の
お母さんは立派な顔をされていた。
心やさしい、ええ男の子たち3人を育てている母。
私はいっこうに立派な母ではなく、
支えてくれる子どもたちに感謝しているただの小動物だから
やっぱ女の子の母とはキハクが違うわ〜とも
思ったりして心打たれた。

いつも勘がよく理解してくれた明るいお母さん。
ここへきて妄想や暴力や、急なことに驚いた。
どこかで何かの限界がきていたことに、
私は全く気がつかないでいた。
事後に数週間尽力したとうさんも、やはり把握できず出遅れた。

今は医師と専門家に任せるしかすべがない。
けれど長兄はしっかり自立してこられたし、
今もどこかへ出かけていたのだと思う。
お母さんがいる間は、何かの枠のなかに入っていなければならなかった。
「お前にはできないよ」という枠。

今迄のお母さんが急にいなくなって、さみしいことに変わりはない。
年が明けても、状況は変わらない。
それはないよ、と言ってみたいところだが
言ったところで、何も変わらない。
その都度、一番いいと思われることを選んでいくしかないし
これまでもそうしてきた。
それでも、やはりさみしい。

とうさんの講座で、お母さんについて短く質問したことがあった。
「自由があるのだから」との答え。
しんどくなって、
全てわかんなくなっちゃう自由。
判断を越えたところで。自分を見失う自由。
「あまり考えすぎないほうがいい」とも。

お互いに、心配することで縛り合うこともある。

仕事をしていると、楽になる。
お互いに支え合って、私たちはここにいる。
そのことが、事務所にいくだけで
あたたかなかたちで、はっきりと伝わってくる。

よしふみさんのお正月花は、1ヶ月たつけれどまだ咲いている。
梅のつぼみもふくらんで。

お手製の竹の花入れ、
水を替えて、すこし枝を切り詰める。
活け直すと、よりすっきりと見える。

きのうの下鴨神社で、
「タラヨウ、手紙の木です。森で拾いました」と
よしふみさんがくださった葉っぱに、
「春節快楽、祝我们一年的幸福」と書く。
私たち全ての、今年の幸福を祝う。
中国語だと、「なりますように」でなく
「おめでと〜」と断言してしまう。

あたたかで、嬉しいほうへさっと動ける
1年になるように。
共に歩いてゆける幸せ。

















posted by じゅんこ at 19:19| Comment(0) | 日々の暮らし

2017年01月28日

春節

旧暦の新年、春節。

朝、起きると光が美しく、陽射しが澄んであたたかい。
きのうまでの寒さは、どこにいったのだろう。

年明けの、レン成人式記念家族写真、文楽昼の部、初講座と
充実の4日間が過ぎた後、激しくもどして、2週間ほどの不調。
ほとんど寝ていて、ゆっくり、文楽・水墨など少し出かけた。

おとといもふらふらになりながら中国語に行けて、
午後から持ち直して文楽夜の部、新春公演の楽日。
「染模様妹背門松」は、お染久松の心中だが
勘十郎さんの助平な番頭が登場しては場をかきまわし
ほうきを三味線に見立てての浄瑠璃まがい。
咲大夫さんのアドリブは次々に増え、
「アイハブアペーン」、「君の名は」は
先週も仰っていたけれど、楽日は次の4月襲名公演のCMまで。
ここまでのチャリ場は初めて見た。

席も人形に近く、人は少なく年配の慣れた人が多くてのんびり。
よく笑い、よく眠って、あやちゃんと「たこ梅」で関東煮。
聖護院大根の幸せ。

きのうは中島みゆき「一会」の劇場版、
リハーサル風景の30分ほどのドキュメントから、
MCを抜いたコンサート全曲の映像へ。

これも最終回、京都三条へタクシーで向かうが
出遅れ、ドキュメントの途中からになる。
不安定な体調、席の高さや場所など、何か納得がいかなくて
お昼を食べながら、「午後から難波で、もう一回最終上映」と
とうさんに話すと、「行こうか」と。

酔わないように阪急でなんばに向かい、また上映開始数分後に到着。
おかげで2回とも、他の映画の予告編
不要な情報を見ずにすんだ。

今回は席の段差も大きく、前後左右気にならず、
遠慮なく入り込めて、納得・満足して帰宅。
急に予定を変えたが、子どもたちは上手に家を維持してくれていた。

平和を希求する鮮やかなテーマ、一曲一曲のレベルの高さ。
日本的職人技の習合。

思いがけず、大晦日とその前日は
2つのライブで心身の大掃除、どちらも最終。
そうしてあたたかい澄んだ春節を迎え、ありがたくまた一日休む。

明日は理事&監事のひとたちと、
下鴨神社初詣・お昼ごはんをセットしてある。
気持ちよく、常にあたたかく支えてくださる
気兼ねの無い方達。
心あたたまる、うれしい春。

そうしてたまちゃんの誕生日、今年は年女。
節分、立春、新春の願いを書く講座、私の誕生日。
春分に向けて、少しずつ春に向かってゆく。

あたたかで幸せな、心地よい1年になるように。



posted by じゅんこ at 18:38| Comment(0) | 日々の暮らし

2016年12月03日

支えられてある

合宿を終えて、報告のブログを上げる。

写真を入れながらの作業は、手間も気力もかかり
満ちてこないとできないのだけれど
きょうはちょうど、天気もよく
明日の用意は、きのうすべて終わった。

したかった繕いものなどして、
そうだ、とpcに向かう。

暗く寒い合宿所だった、
いつもと違い、決まり事も多い禅寺。
どうしても他がとれずなかなか決まらなかったし、
決まっても、思うようにならない研修道場だった。
直前迄、キャンセルが出ては
取り消しの出来ない精進料理の、ピンチヒッターを探した。
縁のある人はおられるものだ。

お寺のほうは歓迎のきざしがあった。
ここでもう一度、みんなで気功をしたい、と願った
本堂前の月台。
そこでは叶わなかったものの、自由に味わえる放生池で
やはり同じ浮かび上がるような強い気の感覚、
終えてすぐ近くに、止まってくれるかわいい小鳥たち。
笑う布袋さん(中国では弥勒)の前でみなで笑うと、
大きく天蓋が揺れた。

そうして、朝から発熱していた体が
暖まって発汗するほどのあたたかい陽射し。
ゆっくりお参りをすませ、道場に向かう。

この汗は冷やしてはいけないな、ふかなければと
思っていてもその間もないのが禅の道場。
ひんやりした300畳の畳の間は、コートを着込むほど寒い。
みなで走り、動き、座り、声を出し、
そして丹羽さんの鈴で清められる。

その丹羽さんが最後にキャンセルになった精進料理、
おいしくいただいて、片付けをしているうちに体もあたたまってゆく。
晴美さんの中国茶もいただいて、心も落ち着く。
思い切り湯を熱くする、何もないお風呂のありがたさ。

部屋は四畳半。机も電話も座布団もない。
講師とスタッフが何もない四畳半に2人というのもなかなかない。
9時消灯4時起床は緊張して、何度も目がさめた。
起きて無言であるいてゆく心地よさ。

本堂のおつとめはほとんど参加するものもないらしい。
これはいつの時代の形式か、中国にもうなくなっただろうものが
いったい何年、ここに保存され続けているのか。
中国風の節に、現代のものでない中国語。
ナムカラタンノーだけわかる。唄いだしたくなる気配。

終えてお粥のありがたさ。あたたまってゆく。

300畳があまりに寒いので、いくらなんでも体をこわすと
エアコンのある小さい部屋に変更させていただく。
けばけばだらけなのもみなで掃除。
宿泊室も掃除。

あたたかい部屋での講座にゆるみ、半分以上寝ながらの瞑想。
終えて掃除、あっというまに2日間終わって
30数名が、さーっといなくなっていく。
早さのある合宿だった。

終えて、京大宇治キャンパスに抱かれる。
洋食屋「まどい」の支店でなごむ。
北白川と宇治はこんなところでつながっていた。

負荷のかかる環境、それゆえに得られる成果。
人に支えられ場に支えられ、自然に機に支えられて
おおきなものの中にある私、そして私というものもない感覚。
その有り難さをかいま見た、しっかりした実感のある合宿だった。


萬福寺と道場、あつまられた方々、
「禅密双修」を伝えた隠元禅師、「禅密気功」を伝えた劉漢文先生、
そしてとうさん、天地すべてのご縁に感謝。










posted by じゅんこ at 18:53| Comment(0) | 日々の暮らし

2016年11月23日

会えてよかった

どこに行っていたのだか、もう忘れたのだけれど
ちょっと遠いところ、そうだ大阪の南のほうへ
文楽の千秋楽を見に行った帰り、
ふっと「とうさんが近くにいる」と分かった。
多分、お風呂に行ったんだ、と。

何故だか河原町に出ていた。
寄り道をせずに、ただ三条のバス停に向かって歩いている。
ふわっとした感覚があって、バス停でバスを待っていた。

急いで北上してくるとうさん。
とうさんだ。
にこにこと握手。
やっぱり会えるとおもったんだ。

「なんだか急いで、三条から乗ろうと思って歩いてきたんだ」。

会えてよかった。
いつも、そう思う。
また会いたいと思う。
posted by じゅんこ at 19:09| Comment(0) | 日々の暮らし

2016年10月18日

ぴょんぴょんグモ

板の間に、ハエトリグモがいた。

巣をつくらないで、たたみの上を
よくぴょんぴょんしているので
うちでは、「ぴょんぴょんグモ」と呼ばれている。

洗濯を干していると、なぜかぴょんぴょんグモが
同じ処をくるくる回っている。
見てみると、足に綿ぼこりがついて
進めなくなっているのだった。

「たしかこのクモは巣をつくらないし、ひっかかったのかな」と思い
指先で、ほこりを地面に押し付けて
クモが動くたびに、ほこりが減るようにしてみた。

だいぶ減ったので、もう大丈夫かなと思い
そのまま、そのことは忘れていた。

今朝。
洗濯を干しに上がると、
きのうのクモが、まだ同じ場所にいる。
「あかん。このままやと移動できなくて死んでしまうな」
再度、足先のホコリとり作戦が始まった。

くるくる動くクモの、3本の足がひとつになってしまっている。
その先についた綿ぼこりにだけ、爪をあてて固定する。
クモが逃げるとき、少しずつ綿は減るが
最後の少しがどうしても取れない。
あまり近くにして足を押さえたら元も子もない、
一瞬の攻防が続いて、「もう無理かな」とあきらめかけた頃
たまちゃんが2Fに上がって来た。

様子をみて、無言でピンセットを手に
上手に綿だけをつまんだら、すっと外れた。
「やった!」
8本足に戻ったクモは、急に生き生きと走り始めた。

「あんたはここにおったらあかん、外に出したげるわ」と
最後のほうに私の手に乗るようになったクモを封筒に追いこみ、
ベランダの木の床に放す。

クモは状況をすばやく察知し、床板のすきまにかくれ、
裏に回って見えなくなった。
良かった。

「野生生物捕獲大作戦みたいやったな。」

たまちゃんには、さまざまなことでお世話になり続けだ。
そのかん、すやすや寝ているレンちゃん。

この子たちも、いつまでもここにこうしている訳ではないだろう。
大学を辞めて方向を探っているレンちゃんの、
道が見えてくる頃まで、2人がいてくれるといいな、と
思ったことだった。
posted by じゅんこ at 17:55| Comment(0) | 日々の暮らし

2016年10月15日

月は東に

中之島からの帰り道。
「京阪カーブ式会社」と呼ばれる由縁の
大阪から京都への大きいカーブを曲がってゆくと
低くて大きな、満月が東に
冴えた夕焼けが、西に。

昔習った気功に、「右手に月を乗せて、
左手に太陽を乗せて」というものがあった。
手は逆だったろうか、もう遥か昔で忘れてしまった。

そのことを思い出しながら、
兔がくっきりと映える
大きな月をみていた。

えいでんの駅を下りると、東山に澄んだ月。
まっすぐに、こちらを見ていた。




posted by じゅんこ at 19:33| Comment(0) | 日々の暮らし

2016年10月14日

香川へ

とうさんの教室で、「うどん県ツアー」の話が盛り上がっていた。
香川からこられている、イッチさんと
みんなでうどん食べにいこう! という話。
詳細プランもいくつか既に、練られてプリント化されている。

「じゅんこさんも」と誘っていただいたが、
その日は別の教室の日。ざんねん。

ところが9月の土曜日、よしこさんが事務所で
「うどんツアー、人数が減ってしまって
私たち3人だけなの。じゅんこさん同乗できますよ、ぜひ」とのこと。
知らない間に日時も変わっていて、来週末。
でもそれなら行ける。え。いこうか香川。
「私、行こうかな。」

父方のおじいちゃんは今治生まれの「今治」、
母方の祖母は宇和島の人で、いまも叔母は善通寺近くに住んでいる。
ご縁がありながら、なかなかいく機会のなかった四国。

けれど、元気な若者たちのプラン通りに
うどん→車→うどん… だと、多分まったく持たないし
できればお参りに行きたい。こんぴらさんか善通寺かな。
こんぴらさんは行ったことがない、内子座に寄りたいけど遠い。

うどん屋を検索していても、天ぷらはどうしても食べきれないし
とうさんが好きそうな、ちくわの天ぷらなどの写真がどんどん出てくる。
これはとうさんも行ったらいいかな。

まだ訳わからずにいるとうさんを誘って、
早速、その夜、近くのスーパーの本屋でガイドブックを購入。
まぁまぁのものが見つかった。とうさんはうどん屋一覧マップ付き。

そしてバッチリの温泉と、宿も見つかった。
たまたま連休に講座がなく、台風もきていて、探す時間がゆっくり取れた幸運。

仏生山温泉は、
住宅街にお父さんが掘り当てた温泉に、
都会で働いてらした息子さんが、モダンな建物を建てた立寄湯。
近くの古いお家なども、順次仲間たちとリノベーションして
平らかな関係のなか、お店なども増えていっているという。
泊まれるのは白木と琉球瓦で改装された、その裏の平屋。
4部屋あるうちの3部屋が、ちょうどあいていた。
みんなそちらを取り直して、
よしこさん親子、私たち、あやちゃんとでぴったり3部屋。

エコバッグに入ったバスタオルは水通しされていて、
タオル、歯ブラシ、くしなど一式は「記念にお持ち帰りください」。
そのエコバッグを見せると、何度でも入浴できる。

源泉の33度、適温の湯、熱めの湯と3種類が中庭を囲んで作られ、
露天風呂は中庭に面しているので、安心してのびのびできた。
お湯もよく、とうさんは夜中に汗をかき、湿疹がぱぁっと出た人もいた。
温度差もつくし、33度の源泉に長くつかっていられるのが、とてもいいのだと思う。
ロビーもひろびろ、ゆっくりできて、ほんとうにいい温泉だった。
また行きたいとおもう。

私たちは車でなく、新幹線とマリンライナーで香川へ向かった。
仕事でない旅行は久し振り。
本が出た、お祝いも兼ねて、ゆっくりできるよい機会。
さまざまおまかせで、有り難い限り。

高松の手前の鴨川で下りると、イッチさんがお迎えに来てくださっていた。
ほんとうにうれしい。
車にのせていただいて、奥様の慣れた運転で「がもううどん」。

がもう.jpg
広い駐車場に、倉庫のような店。
あっというまに出てくるうどん。
美味しいだしは、自分でかける。
持ってあるいて、駐車場のベンチで食べる。幸せ。

わくわくと次の店へ向かう・・といいたいが、
間に腹ごなし、とうさんのリクエストで見晴らしのよい屋島寺へ。
ご集印をいただく。
晴れ晴れと、瀬戸内が一望。ドライブウェイからは、壇ノ浦が見渡せる。

壇ノ浦.jpg

もり家。シンプルにおろしうどん。
とうさんのかきあげをすこし分けてもらって、
ミニかきあげにしていただく。
ほとんど並ばずに行けたが、人気店。良い店だ。
近くにあったらまた行きたい。

もりや.jpg

仏生山温泉にチェックイン、思った以上にシンプルで新しく、
みんなとても喜んでくれた。
さりげなく置かれているパジャマは、
今治タオルの店で手にとったことのある、ひびのこづえデザインに違いない。
まずはお風呂、1時間ほどきれいな布団で熟睡。
もちろん、パジャマも着て。
すっかり楽になる。

夕方から高松に出て、「しるの店 おふくろ」へ。
ネットで見つけて、「きっとよしこさんが好きに違いない」と直感。
イッチさんが他店を予約してくださっていたのを、
変更させていただいて、乗りたかったことでんで向かう。
イッチさんもよく行かれる店とのこと。

家の近く、北白川は「えいでん」。
ここは「ことでん」。
「三条」や「瓦町(河原町)」って駅を過ぎて、京都みたい。
住んでいる瓜生山と、仏生山も、なんだか似ている。

夜のことでんも嬉しい。きっぷは、駅員さんが切ってくれる。
ベンチには座布団が並んでいる。

事前検索の甲斐あって、すんなりと「おふくろ」に到着、
混んでいて「すみません、もう何もなくて」と仰るが
カウンターの上にはおいしそうなものいろいろ。
席はサラリーマンや女性たちでいっぱいだが、
「しばらく待ってよう」と知らないふりをしていると
「どうぞカウンターを見ながら通ってください」と
奥の個室に通してくださった。
子どもがいるので助かる。

あとでイッチさんに聞くと、「なかなか個室は行けないんですよ」と。
今回、こうした幸運が重なって、終始ここちよく順調。
お膳の上はおいしいものでいっぱい。おなかもいっぱい。
またうれしくことでんで帰り、24時迄入浴可能の仏生山温泉。
ロビーでいただける水も、飲み物も、自然でおいしい。
お風呂上がりのかき氷を楽しみにしていた若者たちも。

熟睡して翌朝。
法然寺にお参り、仏生寺公園でとうさんの気功。
また入浴。
贅沢。

ゆっくりチェックアウト、10時半出発、小懸屋へ。
ここはとうさんのリクエスト、あとでこんぴらさんへいくなら
ここがよいかなと、だんだん研究の成果を出してくる。
イッチさんも初めての店、システムがよくわからないが
とにかく、大根が丸ごと一本テーブルに配られて
それを自分でおろし、しょうゆうどんを食すのだ。

私はたまたましっぽののったおろし金を配られたので、
後をも見ずに真剣に下ろしたら、たいがい辛かった。
おろし用の大根を栽培されているのだという。

それぞれの店によって個性もシステムもいろいろで、
でも安くて、早くて、美味しいのはみな同じ。
食べている間だけ、雨が降っていた。

私たちのリクエストで、こんぴらさんへ。
ながい石段は大変だけれど、雨上がりの樹々が美しい。

こんぴらさん.jpg

海の神様らしく、屋根の裏側に波が描かれているのが美しい。
石段の途中の資生堂パーラー、神椿カフェに寄る。
車で上がられたイッチさん夫妻と合流。
あやちゃんととうさんが素晴らしいパフェを食べている。

ここと、書院にある円山応挙の襖絵の虎も楽しみにしていた。
心が落ち着く。

とら.jpg

おみやげやの並ぶ石段を下りていくのも楽しい。
もう一軒。「おか泉」。
これで最後、なんだけれどみんなで同じテーブルに座れたことがなにより嬉しい。
子ども用の「ちびっこうどん」を頼んだら、周囲から笑いが起こった。

こどもの喜びそうな、すっぱりとした海老が一匹。
食べ終わるとミッフィーの絵。
うどんもさすが、レベル高し。

帰りは宇田津から「しおかぜ」に乗って、
のぞみではなくひかりに乗って、京都駅には20時に着いた。
終始順調で、終始お世話になり、
いろんな人とお話をして、上質でシンプルな、気持ちの良い宿と湯、
おいしいうどんと土地の食事、親切な人たち、
こんぴらさんへのお参りと、
心底くつろいだよい旅だった。

イッチさん、奥様、よしこさん、楽しそうだったのんちゃん、
そしてあやちゃん、みんなありがとう。







posted by じゅんこ at 22:27| Comment(0) | 日々の暮らし

2016年08月09日

立秋

何かわからないが、ひとつ終わった気がしている。
季節も変わってゆく。

強力に暑いが、夜には虫が鳴き始めた。

わたしの父と母は、いよいよ引き払って
この近くに移り住む気になってきた。
これまで、長かった。
かれらも高齢になってきた。
おそらく今のほうが、うまくいくのだろうと思う。

骨折したとうさんの母も、
転院して、親切な宮崎の看護師さん達に囲まれて
自力で、車いすに乗れるようになった。
長い自立への道が始まるけれど、
大原記念病院のサポートは手厚く、近くはないけれど
安心してまかせられる。

新しい文庫は、きょうからアマゾンで販売が始まった。
きょうはちょうど、梅田に出る日。
通学路だった梅田駅の紀伊国屋、そして初めて行くグランフロントの紀伊国屋、
きれいで新しいヒルトンジュンクを見てこようと思う。

ものすごく暑くて数日、しんどかったけれど、
何か変わってきている気がして、動き出せる。
何より、本が書店で見られることが嬉しい。

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posted by じゅんこ at 11:53| Comment(0) | 日々の暮らし

2016年07月08日

あとがきにかえて

8/10発売『はじめての気功』。わたしのあとがきを。

・・

春、京都岡崎。
市美術館の裏庭で、好日居さんの中国茶+とうさんの気功、という
贅沢な催し。

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白鷺や池の面、
遠くの木々や空とひとつになりながらのびのび動き、
よいお茶と心づくしの点心。

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初めていらした方が
「私の関わった『建築の大転換』という本と、『気功の学校』の
編集者が同じ方だったんです!」と仰る。
なかなかそうしたことはなくて、嬉しくお話を伺う。

少し前。京大生協ルネの書店で、ふっと手に取った『建築の大転換』。
とうさん父が新しく入った青山の墓地、
その近くの旧国立競技場のことが、気になっていた。

元々文庫は好きで、高校生の時は
お昼ご飯代を削って、100円台の文庫本を買っては読んでいた。
行きたい公立が受験できず、親の意見で通った女子校への違和感。
日々の支えが本だった。

近頃は文庫の種類も増えたので、ちくまか、講談社学芸、岩波あたりを
ゆっくりながめる。
特にちくまの落ち着きと、ちょっと外した感じが好きで
買わなくてもながめる。

『建築の大転換』の後書きで、ぱっと目に入ってきた編集者さんの名前。
ちくまの新書を作ってくださった彼は、最近文庫も作られると知った。
重版のかからない、2冊目の本『うごいてやすむ』。
状況が動かないようであれば、私たちが動こう。
ちくまで文庫にしていただけたら、何より嬉しい。

そんなことを思って、重版がかかるかどうか
状況を見ていたときに、さきの女性がふっと
「春の気功とお茶の会」に来てくださった。
これはやはり、お声をかけてみよう。

とうさんから編集者さんに連絡、ご本も送って
あっという間にokのお返事。
そのかんに、『うごいてやすむ』担当の編集者さんは、退職されてしまった。

話は進んで、年明けに浅草の神谷バー上階で、ちくまさんと話す。
だいたいの段取りが決まって、とうさんは嬉しくデンキブラン。
送ってくださった駅が違って、新幹線まで駆け抜けたけれど
無事品川から、京都に戻った。

気がつけば10年前に出した本。
「このままでいいですよ」「写真は外して、絵は大きく」ということで
取りかかったが、写真に合わせて書かれていた部分が
前半とかなり重複する。
外していったら、内容もどんどん変わってくる。

「入門書で」ということなので
せっかくだから、震災後に新しく作った2つの気功を
最初と最後に、絵入りでのせる。
もうこれは全面改訂。

生まれてきたのは、『うごいてやすむ』ベースの、新しい本だった。
気になっていた処も、すっきりさせて
新しい絵も入れて、
いただいた表紙デザインは、一目で気に入るくらい、可愛かった。

途中で文庫担当の編集者さんも入ってくださって、
元の『うごいてやすむ』編集のご夫婦、『気功の学校』編集者さん、
そして女性の編集者さん、4人の細かな目と手が入って
いろいろな力添えの中、本が生まれてくる。
楽しみに待ってくれる身近な人たち。
生まれたら、全国津々浦々の本屋さんに「新刊」として並ぶだろう。

この、可愛くしっかりした妹は、ふと手に取った人の
心を開き、明日からの何かを
変えていくのかもしれない。

感謝と共に。2016.7.8








posted by じゅんこ at 09:49| Comment(0) | 日々の暮らし

2016年06月21日

ストロベリー・ムーン

とうさんの講座に出ていて、
ふっと「軽い母になろう」と思った。

『母が重くてたまらない』は、
たしかウチの『気功入門』と同時期に出た本で
よく売れていたので、
BALの丸善がオープンしたとき、10年ぶりくらいか
初めて読み込んでみた。
立ち読みで。
重いから。

あれから、こうしたシリーズはさまざま出てきていて、
母が重い、人は多いのだと改めて感じた。

講座で、どんな話があったのかはわからない。
どの動きをしている時に、そうなったのかもわからないが
ちょうど翌日、レンが20才の誕生日だったこともあって、
そう、思ったのかも知れない。

母は明日、88才の誕生日を入院先で迎える。
8年前に入れた人工関節の入れ替えで12時間かかる手術をし、
8時間まった私たちはへとへとになって
こちらが死にそうであったが、
終えたら話もしていて、「肘がいたい」など感覚もあり
翌日は食べ、数日後には歩いていて、
1週間後には家族の悪口など言い、はなはだ元気だ。

母の、痛い歴は長い。
この夏はじめて私たちの家に来たが、
なぜもっと早く、何度も来て、とうさんの操法を受けないのか
私にはわからない。
3つくらいから、私は母の手を引いて病院に連れていったらしい。
肩も揉めば、足もふみ、愉気もすれば、家事もしてきた。
それは今の仕事に役に立っているのかもしれない。

さまざまな違和感と苦しみを
ながく抱えてきたけれど、
この日、なんでだかわからないが
そういう人もいるのだ、と
別の人格と捉えていいのだ、と
すこし距離を置いて感じることができた。

そうして、私もたまたま娘たちの母。
選ばれたならと、全力でお世話に携わってきたけれど
23才ときょうでハタチ、
母の重みに身動きとれなくなっていく人生などまっぴらだ。
私は軽い母になる。
母が軽くてたまらない。

もともと、輪廻があるとしたら、どちらが母なのか息子なのか
きょうだいなのか夫婦なのか、誰にもわからない。
知っているお嬢さんが、「(無くなった)お母さんは、娘のような気がする」と
素直に仰っていたのが、印象的だった。

もとい、れんちゃんは20日でハタチ。
講座を終えて、四条河原町で待ち合わせ。
ユーズドで買ったアニエスの赤いハイヒールを、赤いシャツに合わせてきた。
たまちゃんは化粧をしないが、れんちゃんはすこしする。
さまざまな服は着るけれど、可愛い雰囲気は残る。

おめでとう、はバイタルサインで。
自然でシンプルな店内、野菜がはなはだ美味しい。

近くのPrinzから独立した店長は、いつも裏表無く声をかけてくれる。
会員さんたちとも年末に伺い、30名近くで
富山のおわらと、伝説と化したマイムマイムを踊ってしまう。
活元運動も気功もやり込んだ人たち、動かない人が誰一人ない状態。
お洒落な店で、申し訳なく思っていたら
店の可愛い女性も、なんと富山の人だった。
みんな、おいしい、と喜んでくれていた。

初の白ワインで、おめでとう。
野菜好きのれんちゃん。一汁三菜のサラダ、
野菜のだし巻、新ごぼうのご飯。
素材の組み合わせが上手で、量も質もちょうど良い。

20日はちょうど満月、ストロベリームーン。
夏至に近い満月が赤いので、そう呼ぶらしい。
重なり、満ちる。

見た人は、「幸せになれる」「好きな人と結ばれる」とのこと。
いつも幸せなレンちゃんであるように。











posted by じゅんこ at 19:05| Comment(0) | 日々の暮らし