2017年06月05日

新しい自転車

3ヶ月ほどで細胞が入れ替わると言うけれど、
調子が悪くなって半年、漢方薬を飲み始めて3ヶ月、
きのうのとうさんの講座で、不調が抜けた。

呼吸器の働きが高まる時期、
それに合わせて、「前後のふりこ」の動きだけを
じっくりと30分、40分と。

「一度、長めにふりこをしてみてよ」と少し前に頼んでいたが
こんなに長くとは頼んでいない。
お互いにてあてなどして休んだ後、活元運動に入る。

この体調で、活元運動。
肩の付け根の痛みがあるし、ふらつきもあるので怖いが
何も考えず、ごろんと転がったまま、じわじわじわ、ぐぅ〜んのびのびと動く。
2人で組む。
前のように、みんなの後ろに次々とつくことは、今日はできない。
幸い、通学歴の長いよしこさんと2人に。

相手がいると、自分がなくなる。
ふわっと体が軽くなる。

一度、肩の付け根がピキッと来たが
前のようにできないことが、却って何も考えない動きになる。
何も考えられず、それしかできない、動きになる。

これは他のことでもそうで、中国語も行けない、
水墨も行けない、家事も仕事も今迄のようにできない、
できることしかできないから、ぽかんとした白い時間が現れる。

今迄とまったく違った世界に、ぽとんと落ちたような感覚。
無理のできないことが、不思議な時間を作り続けてゆく。

向こうから、松風ご夫妻の笑い声が聞こえてきて
私も嬉しくなる。
後で聞くと、初めて夫婦で組み、初めて笑いながらの活元運動になった由。

私たちは、
はるみさんや新入生の女性などとも合体し、四味一体となり終わる。
よしこさんは、「こんなにころころ転がったのは初めて」と嬉しそう、
何度も、よしこさんの指を真剣に引っ張ったと思う。

(こんなにしんどかった)自分でも、
まだ少しでも役に立つことがあるならば嬉しい。

よしこさんとごあいさつを終えて昼休みに入るが、
すっきりした全身に、ただ、
肩の付け根の痛みだけが、一点に集まって苦しい。
今、ここが、
せっぱつまって
「よしこさん、追えますかここ」とありえないお願いをしているのに
すっとその点からの流れを追いかけてくださる。

痛みの主は、全身を川のように流れて、どこか足の指から抜けていった。
抜けた・・。
「ありがとう・・!」

この数ヶ月苦しかった、胸の痛みが消えていた。
治った。
これで治った。

もう、ありがたさしかない。

昼休み。
ふらつきながらお寿司なと買いにゆき、
食べ終われば落ち着いている。
あやちゃん達4人と歓談、
「ふりこ」の時間が長くて、だんだんものすごく小さくなっていったのが
その4人が、お互いに見て「自分も小さくしよ」と
シンクロしていたのがわかり、大笑いする。

ふりこと活元運動以外はずっと、横になってのびしたり眠ったり、
「よく休むモード」だった一日。
夜中に強く咳き込んだが、
今朝起きたら、肩の付け根や胸の痛みがなかった。

買い変えたかった、自転車をみにゆく。
いまの自転車が、大きくて、扱えなくなっていた。
京都は人も多いし、もうすこし小さいのでないと怖い。

きのうで、ふらつかなくなったので、きょうは自転車に乗れた。
動悸もあまりせず、
途中で休んで、なんとかとうさんについて走れた。
やはりヤマジンには愛着があり、
これほど乗れたのなら、乗り続けたいとも思う。

決めてあった、ビアンキのミニベロ7_レディース。
なかなか無かったのが、一台だけのこっていたのを
とうさんが見つけてきてくれた。

試乗。
この体調で、そのまま、なんの怖さもなく乗れる。
足も着くし、下りるのも楽だ。

26インチ変速なし、フットブレーキから
20インチ変速あり、女性用の町乗りミニベロ。
もう無理はできない。
ちょうど、自転車の調子が悪くて、とおっしゃっていた方に譲ろう。

明日、新しい自転車を買おう。
















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2017年04月21日

遠い山 近い森

ガラス越しに見る、大文字。

樹々には手がとどかないけれど、
自然はそこここに、満ちている。

このかん取り戻せないものもあった。
できなくて、手放さざるを得ないものも、あった。

山に上がろうと思えば、行けるのかもしれない。
でも今は、登山口にいる大勢の人々が越えられない。
世界各国からくる、観光客。

他の処からなら、上れるのかもしれない。

そうやって、上手く避けながら
行きたい所、人の少ない桜、空いている店を満喫してきた3ヶ月。

けれど庭には、メジロが飛んでくる。
つばめが2羽、電線で鳴いている。
事務所の玄関では、子猫がひなたぼっこしている。

今迄と同じようではないけれど、
でもあの山にも、
この樹々にも、
自然は同じように、満ちている。

posted by じゅんこ at 14:18| Comment(0) | 日々の暮らし

2017年04月10日

軽くなる

高雄病院へ。
もうそろそろ限界。行くのが遠すぎ。

けれど待合室に座っていると、ゆるんだのか
じわっと涙が出てくる。
テレビで、宮本亜門氏が銀座を訪ねる、というのをやっている。
80過ぎた女性の切り盛りする飯屋。
清潔な白の割烹着。変わらぬ味の卵焼き。
80過ぎた女性が、息子夫婦と長く続けている散髪屋。
こぎれいな店内に、てきぱきとした対応。
この番組のせいか、涙腺がゆるむ。

私は、治ろうとしていたんだなぁと気づく。

治ろう、として頑張らなくていい場所。
漢方の入浴剤が売られている、小さな売店。
「また、本を読んだり勉強したり、
出かけたりしたいんです」と言うと
「出来ると思いますよ。」と言ってくれる
閉傾向の若い医師。

合議の上、漢方薬は、半分に減らせることになった。
1週間分を、2週間少しで飲む。
一煎目を1日で飲んでいたが、二煎目も出して
それを合わせて、2日で飲むことになった。
フレキシブル。

なかなか来ないタクシーを、漢方薬局の椅子で待つ。
「日本人の知らない日本語」が2冊も読めてしまったが、
めどがたってきたような、
気持ちがだいぶ軽くなった、通院だった。

次回で終えられるかもしれない。

桜は満開。桜樹の絶対量が多い京都。
明後日頃から花吹雪か。


posted by じゅんこ at 22:57| Comment(0) | 日々の暮らし

2017年03月27日

私は治りたい

1/10だかに戻して、月末に良くなったと思っていた。
りじかいがあったので、
自転車で出かけたりした。
そのあとにまた高熱が出て、4、5日下がらない。
流行り風邪を2回、引いたようだった。

そのあとのふらつきがひどく、胸の痛みが治らない。
中国語に無理して出かけても、頭も顔も真っ白。

おかしいよと何人かに言われて、
右京の高雄病院へ。
日本一、漢方薬を出す量が多い病院。
病院は30年ぶり。
どうしても治りたいと思った。

数日飲めばよいかと思ったら、さまざまな検査もあって
1ヶ月半ほど、毎日煎じている。
とても合っていて、飲むと楽になる。

貧血を起こしていたらしい。
中医学から言えば気虚、気血の不足。
西洋医学から言えば、腫瘍やがんなどがあって血が出ていっている、と
一人の私でも、違う見方になる。

がんはないだろうと思いつつ調べて(めんどう)、やはりなかったが
「安心のために」子宮筋腫も調べてと言われていて、
婦人科にいくのが苦手で、まだ行っていない。

生理が終わってゆく時に、出血がなくなっていく人と
増えていく人があるらしく、
たいそう増えていた、というのがおそらく原因で
どちらにしても、漢方はやはりたいそう合っていた。

このかん何度か倒れて、まだ死なないけど、
死ぬってこんな感じなんだなとすこし分かった。
あのままぽんと向こうへ行ってしまう、その境い目。
けれど、まだ死なないことも分かっていた。

3月は養生月間と決めて、飲み始めて何日目か。
ふっと、目が覚めたような時があった。
今迄、何をしていたんだろう、と思った。

そこから一気に普段に戻る、というふうにはいかないが
私は治りたい。

どうやら、とうさん母のことや、レンの大学のこと
体の変わり目、仕事も多く重なって、電池が切れてしまったらしい。
休んでみて、代わりのきかない仕事だなぁと思いつつ
すこしずつ、助けを求めて、すすめている。

きのうは、雨のせいもあって
また胸の閉塞感と痛みがぶり返してきたので
なんと、とうさんと、しかもタクシーで、
上等めのカラオケにいって、
部屋をあたため、漢方薬を飲みつつ、数時間歌う。
今朝起きたら、
1月から続いていた、胸の違和感がなかった。

講座で気分が悪くなったこともあったし、
寝ては、起きて、仕事してまた寝て治して、という時もあった。
けれど、きのうのように
「今がタイミング!」という時もある。

漢方薬は、4月半ばまでもらった。
桜も咲くだろう。
もう少し。

posted by じゅんこ at 17:11| Comment(0) | 日々の暮らし

2017年01月30日

嬉しいほうへ

「ポーの一族」の何十年ぶりかの連載が始まって、
少女漫画雑誌を、何十年ぶりかで買う。
「陰陽師」の時も、雑誌は買わず
コミックスになるまで待っていたというのに。

「楽なほうへ動く」。
とうさんが「気功も同じ」と言う、操体法の原理。
けれど、何が楽か、わからないとも伺う。

このお正月あたりから、「何をしたら一番嬉しいか」で
さっと選んでみる、ことをしている。

仕事も大方終えて、大文字に西から陽が射して来る。
4時ころの東山は美しい。
何をしたら嬉しいかしら。
やっぱ家に戻って、「ポーの一族」の連載2回目を買いに走る!
とひらめくので、自転車でフツーの本屋に走る。

一番近い本屋が恵文社、少し前迄はガケ書房、
京大生協のルネもなかなか、と
雑誌中心の本屋はこのあたり少ない。

多少の立ち読みなどもして、
589円の贅沢。

赤いニットの帽子に、レトロな赤のブローチ。
青っぽいダウンに、スパッツとショートスカート。
左京区っぽい可愛い服装だな、と思った女性と一緒に
信号を渡ると、かなりご年配だった。

左京にはお洒落な老人が居る。
老夫婦が、手をつないで疎水を歩いている姿はたまらない。
奥様はスカートにナースシューズ。
ご主人は、しっぽのついた毛皮の帽子に長いひげ。
支え合いながら、ゆっくり散歩されている。
私も、年をとっても、とうさんと疎水を歩いていたい。
と思うけれど、とうさんの足は速い。

自転車を押して、叡電の踏切を渡る。
とうさん母と、兄が住んでいるマンション。
自転車を飛ばして、だんだん近づいてくるけれど
灯りはともっていない。

とうさんの入学式なのか、昔の写真の
お母さんは立派な顔をされていた。
心やさしい、ええ男の子たち3人を育てている母。
私はいっこうに立派な母ではなく、
支えてくれる子どもたちに感謝しているただの小動物だから
やっぱ女の子の母とはキハクが違うわ〜とも
思ったりして心打たれた。

いつも勘がよく理解してくれた明るいお母さん。
ここへきて妄想や暴力や、急なことに驚いた。
どこかで何かの限界がきていたことに、
私は全く気がつかないでいた。
事後に数週間尽力したとうさんも、やはり把握できず出遅れた。

今は医師と専門家に任せるしかすべがない。
けれど長兄はしっかり自立してこられたし、
今もどこかへ出かけていたのだと思う。
お母さんがいる間は、何かの枠のなかに入っていなければならなかった。
「お前にはできないよ」という枠。

今迄のお母さんが急にいなくなって、さみしいことに変わりはない。
年が明けても、状況は変わらない。
それはないよ、と言ってみたいところだが
言ったところで、何も変わらない。
その都度、一番いいと思われることを選んでいくしかないし
これまでもそうしてきた。
それでも、やはりさみしい。

とうさんの講座で、お母さんについて短く質問したことがあった。
「自由があるのだから」との答え。
しんどくなって、
全てわかんなくなっちゃう自由。
判断を越えたところで。自分を見失う自由。
「あまり考えすぎないほうがいい」とも。

お互いに、心配することで縛り合うこともある。

仕事をしていると、楽になる。
お互いに支え合って、私たちはここにいる。
そのことが、事務所にいくだけで
あたたかなかたちで、はっきりと伝わってくる。

よしふみさんのお正月花は、1ヶ月たつけれどまだ咲いている。
梅のつぼみもふくらんで。

お手製の竹の花入れ、
水を替えて、すこし枝を切り詰める。
活け直すと、よりすっきりと見える。

きのうの下鴨神社で、
「タラヨウ、手紙の木です。森で拾いました」と
よしふみさんがくださった葉っぱに、
「春節快楽、祝我们一年的幸福」と書く。
私たち全ての、今年の幸福を祝う。
中国語だと、「なりますように」でなく
「おめでと〜」と断言してしまう。

あたたかで、嬉しいほうへさっと動ける
1年になるように。
共に歩いてゆける幸せ。

















posted by じゅんこ at 19:19| Comment(0) | 日々の暮らし

2017年01月28日

春節

旧暦の新年、春節。

朝、起きると光が美しく、陽射しが澄んであたたかい。
きのうまでの寒さは、どこにいったのだろう。

年明けの、レン成人式記念家族写真、文楽昼の部、初講座と
充実の4日間が過ぎた後、激しくもどして、2週間ほどの不調。
ほとんど寝ていて、ゆっくり、文楽・水墨など少し出かけた。

おとといもふらふらになりながら中国語に行けて、
午後から持ち直して文楽夜の部、新春公演の楽日。
「染模様妹背門松」は、お染久松の心中だが
勘十郎さんの助平な番頭が登場しては場をかきまわし
ほうきを三味線に見立てての浄瑠璃まがい。
咲大夫さんのアドリブは次々に増え、
「アイハブアペーン」、「君の名は」は
先週も仰っていたけれど、楽日は次の4月襲名公演のCMまで。
ここまでのチャリ場は初めて見た。

席も人形に近く、人は少なく年配の慣れた人が多くてのんびり。
よく笑い、よく眠って、あやちゃんと「たこ梅」で関東煮。
聖護院大根の幸せ。

きのうは中島みゆき「一会」の劇場版、
リハーサル風景の30分ほどのドキュメントから、
MCを抜いたコンサート全曲の映像へ。

これも最終回、京都三条へタクシーで向かうが
出遅れ、ドキュメントの途中からになる。
不安定な体調、席の高さや場所など、何か納得がいかなくて
お昼を食べながら、「午後から難波で、もう一回最終上映」と
とうさんに話すと、「行こうか」と。

酔わないように阪急でなんばに向かい、また上映開始数分後に到着。
おかげで2回とも、他の映画の予告編
不要な情報を見ずにすんだ。

今回は席の段差も大きく、前後左右気にならず、
遠慮なく入り込めて、納得・満足して帰宅。
急に予定を変えたが、子どもたちは上手に家を維持してくれていた。

平和を希求する鮮やかなテーマ、一曲一曲のレベルの高さ。
日本的職人技の習合。

思いがけず、大晦日とその前日は
2つのライブで心身の大掃除、どちらも最終。
そうしてあたたかい澄んだ春節を迎え、ありがたくまた一日休む。

明日は理事&監事のひとたちと、
下鴨神社初詣・お昼ごはんをセットしてある。
気持ちよく、常にあたたかく支えてくださる
気兼ねの無い方達。
心あたたまる、うれしい春。

そうしてたまちゃんの誕生日、今年は年女。
節分、立春、新春の願いを書く講座、私の誕生日。
春分に向けて、少しずつ春に向かってゆく。

あたたかで幸せな、心地よい1年になるように。



posted by じゅんこ at 18:38| Comment(0) | 日々の暮らし

2016年12月03日

支えられてある

合宿を終えて、報告のブログを上げる。

写真を入れながらの作業は、手間も気力もかかり
満ちてこないとできないのだけれど
きょうはちょうど、天気もよく
明日の用意は、きのうすべて終わった。

したかった繕いものなどして、
そうだ、とpcに向かう。

暗く寒い合宿所だった、
いつもと違い、決まり事も多い禅寺。
どうしても他がとれずなかなか決まらなかったし、
決まっても、思うようにならない研修道場だった。
直前迄、キャンセルが出ては
取り消しの出来ない精進料理の、ピンチヒッターを探した。
縁のある人はおられるものだ。

お寺のほうは歓迎のきざしがあった。
ここでもう一度、みんなで気功をしたい、と願った
本堂前の月台。
そこでは叶わなかったものの、自由に味わえる放生池で
やはり同じ浮かび上がるような強い気の感覚、
終えてすぐ近くに、止まってくれるかわいい小鳥たち。
笑う布袋さん(中国では弥勒)の前でみなで笑うと、
大きく天蓋が揺れた。

そうして、朝から発熱していた体が
暖まって発汗するほどのあたたかい陽射し。
ゆっくりお参りをすませ、道場に向かう。

この汗は冷やしてはいけないな、ふかなければと
思っていてもその間もないのが禅の道場。
ひんやりした300畳の畳の間は、コートを着込むほど寒い。
みなで走り、動き、座り、声を出し、
そして丹羽さんの鈴で清められる。

その丹羽さんが最後にキャンセルになった精進料理、
おいしくいただいて、片付けをしているうちに体もあたたまってゆく。
晴美さんの中国茶もいただいて、心も落ち着く。
思い切り湯を熱くする、何もないお風呂のありがたさ。

部屋は四畳半。机も電話も座布団もない。
講師とスタッフが何もない四畳半に2人というのもなかなかない。
9時消灯4時起床は緊張して、何度も目がさめた。
起きて無言であるいてゆく心地よさ。

本堂のおつとめはほとんど参加するものもないらしい。
これはいつの時代の形式か、中国にもうなくなっただろうものが
いったい何年、ここに保存され続けているのか。
中国風の節に、現代のものでない中国語。
ナムカラタンノーだけわかる。唄いだしたくなる気配。

終えてお粥のありがたさ。あたたまってゆく。

300畳があまりに寒いので、いくらなんでも体をこわすと
エアコンのある小さい部屋に変更させていただく。
けばけばだらけなのもみなで掃除。
宿泊室も掃除。

あたたかい部屋での講座にゆるみ、半分以上寝ながらの瞑想。
終えて掃除、あっというまに2日間終わって
30数名が、さーっといなくなっていく。
早さのある合宿だった。

終えて、京大宇治キャンパスに抱かれる。
洋食屋「まどい」の支店でなごむ。
北白川と宇治はこんなところでつながっていた。

負荷のかかる環境、それゆえに得られる成果。
人に支えられ場に支えられ、自然に機に支えられて
おおきなものの中にある私、そして私というものもない感覚。
その有り難さをかいま見た、しっかりした実感のある合宿だった。


萬福寺と道場、あつまられた方々、
「禅密双修」を伝えた隠元禅師、「禅密気功」を伝えた劉漢文先生、
そしてとうさん、天地すべてのご縁に感謝。










posted by じゅんこ at 18:53| Comment(0) | 日々の暮らし

2016年11月23日

会えてよかった

どこに行っていたのだか、もう忘れたのだけれど
ちょっと遠いところ、そうだ大阪の南のほうへ
文楽の千秋楽を見に行った帰り、
ふっと「とうさんが近くにいる」と分かった。
多分、お風呂に行ったんだ、と。

何故だか河原町に出ていた。
寄り道をせずに、ただ三条のバス停に向かって歩いている。
ふわっとした感覚があって、バス停でバスを待っていた。

急いで北上してくるとうさん。
とうさんだ。
にこにこと握手。
やっぱり会えるとおもったんだ。

「なんだか急いで、三条から乗ろうと思って歩いてきたんだ」。

会えてよかった。
いつも、そう思う。
また会いたいと思う。
posted by じゅんこ at 19:09| Comment(0) | 日々の暮らし

2016年10月18日

ぴょんぴょんグモ

板の間に、ハエトリグモがいた。

巣をつくらないで、たたみの上を
よくぴょんぴょんしているので
うちでは、「ぴょんぴょんグモ」と呼ばれている。

洗濯を干していると、なぜかぴょんぴょんグモが
同じ処をくるくる回っている。
見てみると、足に綿ぼこりがついて
進めなくなっているのだった。

「たしかこのクモは巣をつくらないし、ひっかかったのかな」と思い
指先で、ほこりを地面に押し付けて
クモが動くたびに、ほこりが減るようにしてみた。

だいぶ減ったので、もう大丈夫かなと思い
そのまま、そのことは忘れていた。

今朝。
洗濯を干しに上がると、
きのうのクモが、まだ同じ場所にいる。
「あかん。このままやと移動できなくて死んでしまうな」
再度、足先のホコリとり作戦が始まった。

くるくる動くクモの、3本の足がひとつになってしまっている。
その先についた綿ぼこりにだけ、爪をあてて固定する。
クモが逃げるとき、少しずつ綿は減るが
最後の少しがどうしても取れない。
あまり近くにして足を押さえたら元も子もない、
一瞬の攻防が続いて、「もう無理かな」とあきらめかけた頃
たまちゃんが2Fに上がって来た。

様子をみて、無言でピンセットを手に
上手に綿だけをつまんだら、すっと外れた。
「やった!」
8本足に戻ったクモは、急に生き生きと走り始めた。

「あんたはここにおったらあかん、外に出したげるわ」と
最後のほうに私の手に乗るようになったクモを封筒に追いこみ、
ベランダの木の床に放す。

クモは状況をすばやく察知し、床板のすきまにかくれ、
裏に回って見えなくなった。
良かった。

「野生生物捕獲大作戦みたいやったな。」

たまちゃんには、さまざまなことでお世話になり続けだ。
そのかん、すやすや寝ているレンちゃん。

この子たちも、いつまでもここにこうしている訳ではないだろう。
大学を辞めて方向を探っているレンちゃんの、
道が見えてくる頃まで、2人がいてくれるといいな、と
思ったことだった。
posted by じゅんこ at 17:55| Comment(0) | 日々の暮らし

2016年10月15日

月は東に

中之島からの帰り道。
「京阪カーブ式会社」と呼ばれる由縁の
大阪から京都への大きいカーブを曲がってゆくと
低くて大きな、満月が東に
冴えた夕焼けが、西に。

昔習った気功に、「右手に月を乗せて、
左手に太陽を乗せて」というものがあった。
手は逆だったろうか、もう遥か昔で忘れてしまった。

そのことを思い出しながら、
兔がくっきりと映える
大きな月をみていた。

えいでんの駅を下りると、東山に澄んだ月。
まっすぐに、こちらを見ていた。




posted by じゅんこ at 19:33| Comment(0) | 日々の暮らし